妙誓尼

  歴史, 人物

油川明行寺(現、弘前円明寺)の女住職、油川城主奥瀬善九郎の妹

元の名を奥瀬と言う。真宗の油川明行寺の尼であったと伝わり、
最後まで為信に抵抗を続けた人物である。

油川は大浦軍によって制せられ、為信に抵抗した浄満寺は荒廃す。
元和五年(1619)の再興を待つ羽目に。
明行寺は慶長十一年(1606)に弘前へ移転し、円明寺と改称。
転居の命を受けるも拒否し。

油川から一軒も寺がなくなる事態を憂い、何もなくなった寺の跡地に彼女だけが残り、
民に寄り添い続けた。もちろん為信のおひざ元へ下るのはありえぬ。
自らにまつろわぬ油川の民と信仰を切り離してしまえという津軽藩の所業に従う訳には参らぬ。
さらに藩は油川から権益も取り上げてしまえと、寛永三年(1626)隣に新たなる港として
“青森村” を作って開港させた。これにより商都油川の立場は失われ、人は離れていったという。
この青森村が、今の青森市の中心である。

油川が穏やかにかつ確実に衰えていく惨状を目にしつつ……妙誓は息絶えた。
ただし彼女の誘いに応じて参じた僧侶らが、荒廃してしまった浄満を元和五年(1619)に再建。
さらには妙誓の事を忘れまいと、老いた町衆らが寛文三年(1663)に彼女の名前より ”明誓” を開山した。
”じょっぱり ”の心だけは忘れず、未だ根付いているのだ。

かんからより